『田園の詩』NO.58  「ワラの感触」 (1996.11.26)


 11月というのに、夏日を記録した所もあるほど、九州は暖かい日が続いています。
それでも、山々は少しずつ黄葉(紅葉はまだほとんどありません)が目に付くように
なりました。

 私が一番注意をはらって観察している山芋の葉も黄色く色づいてきました。いよいよ
山芋掘りのシーズン到来です。仲間からいつ誘いが来ても良いように、道具は準備万端
整えておかねばなりません。

 道具は色々ありますが、その一つに、掘った山芋を入れて持ち運ぶワラで作った籠が
あります。当地の方言で『すぼ』といいます。それがもう耐用年数を過ぎてボロボロにな
りかけていました。

 これが使えねば一大事です。ナイロン袋などでは代用になりません。せっかく大事に掘
り上げた山芋が折れてしまうからです。

 私は、以前、この『すぼ』を作ってもらったおじいさんに電話をしました。そしたら、
「そろそろ悪くなる頃じゃと思うちょった。ちょうど背の高いワラを手に入れちょるので
作っち上げよう。」(大分弁)といわれました。


      
     ワラは田圃でこのような形で保存されます。当地では≪(ワラ)こずみ≫といわ
     れます。晩秋の田園風景を代表するものでしょう。尚、呼び名は全国色々だと
     思います。『すぼ』については、NO.23「山芋掘り」(クリック)を見て下さい。
                                (08.11.12写)



 おじいさんはもう随分な年齢です。それに『すぼ』を作ることのできる人は他にほとん
ど居ません。この技術が絶えてしまったら、山芋掘りを楽しむこともできなくなります。
そこで私は、単に作ってもらうより、作り方そのものを教えていただくお願いをしました。

 今日一日、弟子入りをして『すぼ』を作り上げました。もともと物作りの職人であり、
縄もなうことのできる私にとって、技術そのものはそんなに難しいことではありません
でした。

 しかし、教えてもらわねば一生作ることはできなかったでしょう。ちょうど、手品で種
を明かしてくれたら「なあんだ」と思えることでも、それがなければいつまでも不思議に
思い続けるのと同じです。次代に必要な技術かどうかは分かりませんが、私にまでは
しっかりと伝わりました。

 今宵、ワープロを打つ手に、まだワラの感触が残っています。 (住職・筆工)

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